『Four-Leaf Clover 3 -Best Way-』

「という訳で、メリークリスマス!」
四人で丸テーブルを囲み、シャンメリーの注がれたグラスを打ち鳴らす。
12月20日、私たちは理枝の部屋に集まっていた。
年末は皆予定が立て込んでいるので、少し早めのクリスマスパーティだ。
ツリーや飾り付けはないけれど、苺ショートケーキに柊を象ったチョコプレートが載っているだけで案外それっぽくなる。
グラス半分程までシャンメリーを呷った有紗が、腕を組んで「うーん」と唸った。
「どうしたの?」
有紗の事だ。また何か不埒な事を企んでいるのかもしれない。
「いやー、用意すれば良かったかなってね。使い切りタイプのスィックカノン……スィックラッカーってのはどう?」
「いらないいらない」
そんな野蛮なWAMウェポンを所望する人なんて有紗ぐらいしか……。
「妙案だと思います!」
「沢山あったら面白そう。連射できるし」
「…………」
理枝は元々その気があったから、まあ良いとして。
先の一件で抑圧から解放された柚子香は、徐々に量産型有紗に変容しつつある。由々しき事態だ。
「それで? むっつりくんは反対なのかな?」
三対一という状況がよっぽど嬉しいのか、したり顔を向ける有紗。
「むっつり言うな。私はウェット派なの」
そもそも、メッシーには美しさがない。
あんなドロドロしたものを衣服や肢体に塗りたくるとは邪道の極み。
それに比べてウェットは汚れないし、透けて見える素肌がちょこっと妖美で。
ウェットこそ、真のWAMの姿だと思う。
「でもこの前の工場見学では満更でもなさそうだったよねぇ?」
「う……」
皮膚と制服の間をぬるりと流れ落ちるローションのあの感覚。
なんだろう。粘液に包まれた瞬間、気持ち悪さとは違う何かを感じたような気もした。
でも……。
「いや、やっぱり違う。私には合わないな」
「星南は頑固だねえ」
苺を口に運ぶ理枝が苦笑する。
「……そう言う理枝はやっぱり、メッシー派?」
「そうだね。なんかこう滅茶苦茶になるくらい汚れて、塗れるのが至高だよね」
「おお、同志よ!」
「私も全面的に同意します!」
駄目だこりゃ。
ウェットとメッシー、「Wet And Messy」と一括りに語られることはあっても、両者は相容れないものなのだろう。
「ただ、片付けが面倒なのが玉に瑕なんだよね~」
「同感です。負担の少ないメッシーがあれば良いんですが……」
準備と片付けが楽なメッシープレイか。探せばあるような気がする。
食材メッシー系、ペイント系は論外だ。ローションも然り。
マッド系は既存の沼地を利用するなら準備は楽だけど、屋外で着替えるのはリスクが高い。
となると残るのは……。
「パイ投げじゃない?」
ただし固めのパイに限る。
ドロドロした緩いパイは二次的被害を誘発する可能性がある。ボタボタ垂れるし。
「星南と同じく、私もパイ投げに一票。それも顔へのパイ投げ。服を汚すプレイは後が厄介だからね。それに準備も簡単。例えばこんな物を使えば……」
話の途中で有紗がスカートのポケットから小さなスプレー缶を取り出した。
「ん?」
それを軽く上下に振ると、あろうことか私の顔目がけて噴射してきた。
「ぎゃあああああ!!」
ふわふわした何かが顔にまとわりついてくる。
「大丈夫大丈夫、ただのホイップクリームだから」
「何すんの!」
ティッシュで目元に付いたクリームを拭う。
「いや、後片付け楽だって言うから。こいつを使う許可は理枝にもらってるし」
うんうんと軽く頷く理枝の横から柚子香が物珍しそうな顔で有紗の手元を見つめていた。
「そんなアイテムあるんですか……」
「このー、もしかしたら来るかなとは思ってたけど……」
拭い取ったティッシュを見ると黒く染まっていた。
「しかも黒だし」
「白い顔は黒で汚さないと映えないでしょ」
ムカッときた私は有紗から強引にスプレー缶を引ったくる。
「あ、コラ、取るな! それは私専用なんだって!」
「知るかそんなの!」
プラスチックのレバーを壊れんばかりに目一杯引っ張って、有紗の顔を黒く染め上げてやる。
「世界が黒いぜ……」
「全く、こんなのどこから仕入れてきたんだか……」
パッケージは英語だし、輸入商品を豊富に扱う近所のスーパーでも見たことがない。
「かくなる上は、スィックガンの出番よ」
「え……」
ワイシャツの胸ポケットから抜かれたのは、片手で握れるミニサイズの水鉄砲。
ただし中に入っているのは……クリーム色の何か。明らかに水ではない。
「こいつで、お返しよ!」
「おお怖い」
さっと有紗の正面から避ける。
有紗の脳内では、クリーム色の液体に塗れ不快な表情を浮かべる私が映っているんだろうけど、残念ながらそのチョコを浴びせられたのは理枝と柚子香だった。
「わわ……!」
「こっちですか!?」
黒パイで視界が塞がれた有紗のクリーム射撃が当然顔にヒットするはずもなく、理枝と柚子香の制服に白い線を描いていく。
「あれ? 私外した?」
そりゃあ顔も拭かずに狙ったら外れるでしょうに……。
「有紗、ちょっとストップ」
「お、おう……?」
ティッシュを二、三枚取って有紗の目元を拭ってやる。
「かたじけない」
「武士かあんたは」
「有紗さん! そのスィックガン、貸してください!」
「だから、これは私専用のだってさっきから……」
スィックガンを掴もうとする柚子香を避ける有紗の背後から、理枝がスィックガンを取り上げる。
「もーらいっ」
「私の発明品を皆して奪うなぁ!」
パイスプレーは市販品だろう。
「星南さん、借りますよ!」
「あっ」
気付いたら私の右手からもスプレー缶がなくなっていた。
「貸してあげるっていうか、それ元々私のじゃないんだけど……」
呆気にとられる私としかめっ面の有紗の目前で、スィックガンを構える理枝とパイスプレーを握る柚子香。
「勝負しましょう、理枝さん!」
「挑むところよ!」
今にも西部劇の丸い草が転がってきそうだ。
射程を考えると理枝に分がありそうだけど……いや、そもそも何を以て勝敗を決めるんだ?
「ほー、黒と白の戦いねえ」
「有紗、あのシックガンって何が入ってるの?」
「ホワイトチョコ」
やっぱり……。
「これは見物ですなあ」
「随分呑気な。後片付けが大変なことになるんじゃあ……」
「部屋汚しても構わないって理枝も言ってたし、まあなんとかなるでしょ」
「なんとかって……」
「こちらから先に、行かせてもらいます!」
両手でパイスプレーを握る柚子香が、理枝の懐へ肉薄する。
かくして、理枝と柚子香のWAMバトルが勃発した。
四方八方にチョコとクリームが飛び交い、当然私たちにも流れ弾が飛んで来る。
「ちょっと有紗、座ってないで逃げるよ!」
「動かざること……林だっけ、の如し」
「バカなこと言ってないで、ほら。しかもそれ林じゃないし」
有紗の腕を無理矢理引っ張って部屋の隅に退避する。
そこはもう戦場だった。
モノクロの銃撃戦。それは二人の残弾が尽きるまで続いた。
「はあ……はあ…………結構疲れたね……」
「疲れました……」
武器を捨て、その場にへたり込む二人。
「理枝、ホントに良いの? 部屋凄いことになってるけど……」
家具にはなるべく当たらないように避けたんだろうけど、天井、壁、床には点々と白と黒の飛沫があちこちに飛び散っていた。
当の本人たちはそれこそ全身マーブル状態だ。
「……良いよ、楽しかったから。ね、柚子香」
「はい……」

理枝と柚子香がシャワーを浴びている間に、私と有紗が飛散したチョコとクリームを拭き取ることにした。
二人がお風呂場から出るの待って、少しだけ残っていたシャンメリーを有紗と分けて飲み干した。
「外はまだ降ってるのか」
「うん……」
昼過ぎから降り始めた雪は、まだ止みそうになかった。
珍しく黄昏れる有紗を凝視して暫く経った頃、首にバスタオルを巻いた風呂上がりの二人が戻ってきた。
「ごめんごめん、待たせちゃって」
「後片付け、任せてしまってすみません」
理枝に続いて部屋に戻ってきた柚子香は白いトレーを大事そうに抱えていた。
その上にはティーカップが四つ。
「ホットティー淹れてきたよー」
「おー、ありがとう」
受け取った湯気の立つカップにそっと唇を近づけて、フーッと二、三回息で冷ましてから一口飲む。
「唐突なんだけどさ。私、少し気になってることがあるんだよね」
全員にティーカップを配り終えた後、理枝が口調を抑えて切り出した。
「プレイ中は気にならないんだけど、WAMって食材を使うことあるでしょ? ちょっと勿体無いなって思う時があるんだよね」
「うんうん、あんまり無駄にしちゃ駄目だって」
私も人の事は言えないんだけど、やっぱり抵抗はある。
「勿体無いだなんて私は考えた事もないな」
有紗はきっぱりと言い切った。有紗らしいな。
「私は、出来上がっている料理をそのまま使うのは躊躇いますね。チョコレートソースなら抵抗はないんですが、チョコレートケーキとなると途端に興醒め……みたいな感じで」
「うんうん、それ凄く分かる。ちょっと違うな~って思うよね」
メッシープレイ経験はあまりないけれど、私もそれは分かるような気がする。
「WAMフェチの壁だろうね。食べ物で遊ぶなって一部では批判されてるし。でもそれを考えてちゃやってけないよ、私は」
柚子香が有紗に憧れるのも、きっと有紗の一貫したこの思想の影響なんだろう。
正直なところ、私も羨ましい。
「趣味嗜好に勿体無いは付き物だと思うけどさ、どうしても良心が邪魔するんだよね」
もしかしたら、有紗以外の私たちは、まだWAMの本当の楽しさを知らないのかもしれない。
「誰もが勿体無いと思わないような、理想のWAMプレイはないんでしょうか……」
「…………理想のWAMプレイか」
その時、有紗の視線がどこか遠くを見つめているような気がした。
「どうしたの有紗?」
「……いや、なんでもない…………いつか、誰もが嫌な思いをしない理想のWAMの時代が、そんな時代が来たら……」

それから暫くして。
冬休みが終わった頃だろうか、有紗と遊ぶ機会が減っていったのは……。

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