『Four-Leaf Clover 4 -Dreamer-』

私が両親に疑念を抱き始めたのは、中学に上がる少し前の頃だった。
父と母は無類の海外旅行好きで、月に一度は四、五日家を空ける事が珍しくなかった。
それだけなら別に構わない。
問題なのは、私も無理矢理連れて行かされる事。
最初の内は満更でもなかった。
料理はあんまり美味しくないけれど、行く先々で出会った戯けた人や優しい人、絵本の中でしか見た事がないレンガ造りの街並みや城郭は、今でもこの目にしっかりと焼き付いている。
それがある日を境に、全て変わってしまった。
私は外国や旅行に、ただならぬ恐怖を覚えるようになってしまったのだ。
膨大な記憶の中で最も強烈な、あの小学二年の夏。
ヨーロッパのとある国へ訪れた時だった。
両親とはぐれた私は、トマトを投げ合う祭に巻き込まれてしまった。
狂ったように歓声を上げながら、男と女たちが赤い玉をぶつけ合う。
その時、赤く染まった人混みの中から飛んできたトマトが私の胸元に当たった。
ぐしゃっと潰れたトマトで汚された洋服。手足に飛び散った飛沫を目にした私は、呆然とその場にへたり込んでしまった。
私はすぐ知らない男性に助けられてそこを離れたんだけど、あの赤の街頭、歓喜に酔いしれる群衆の声に怯え、ただ泣く事しか出来なかった。
WAMを知ったのはその事件がきっかけだ。
あの事件で、私の心には深い傷が残された。
両親は未然に防ぐ事が出来たはずだ。私から、片時も目を離さなければ……。
そして悪夢は、再び起こってしまった。
両親はフランスへの旅行で体調不良を訴えた私の言葉に聞く耳を持たず、そのまま一週間観光を続けた。
止まない目眩と動悸。限界を迎えた私の必死の説得でようやく帰国出来た私は、とうとう帰りの電車の中で倒れてしまった。
両親は私なんかより、旅行が好きなのだろう。
本人たちはそれで私が喜ぶと勘違いしている上、行きたくないという私の主張に耳を傾けもしない。
親なんて、勝手なものだ。
そんな私に優しく手を差し伸べてくれたのは、有紗に理枝に柚子香。
そして、父方の祖父母だった。
皆と一緒にいれば、何か変わるかもしれない。
他人任せになってしまうけれど、今の私はその希望にすがるしかなかった。
いつか分かり合える日が来ると信じて……。

「どうだ? 久々に皆揃って旅行、なんてのは。沖縄に行きたくてな」
春休みに、田舎から祖父が泊まりに来た。
友達以外では数少ない私の理解者だ。私が旅行好きでない事は勿論知っている。
その祖父が旅行の話を持ちかけてくるとは予想外だった。
「良いねえ」
「うん」
当然のように快諾する父と母。
私も、ついて行かなければいけないのだろうか……。
「星南。もし良かったら星南の友達も一緒に、どうだろう」
「えっ……?」
両親からの提案ならともかく、祖父の口からそんな言葉が出てきたのだから面食らってしまう。
有紗たちと一緒に旅行へ?
「……う、うん……」
旅行は好きじゃないけど、皆と一緒なら……。
「二人もどうだ? たまには大勢で行くのも良いんじゃあないか」
祖父の視線が父と母に向けられる。
「僕は構わないけど……真由美は?」
「私も賛成。大所帯も良いと思うわ」
身体がブルッと震えた。
行くのは怖い。でもそこに有紗たちがいるのなら……あるいはこの恐怖感を拭えるかもしれない。
「よし、決まりだな。星南、友達は何人くらい誘う予定なんだ?」
「えーっと……三人」
その時私は怯えたような、曇った表情を見せていたと思う。
でも祖父は、そんな私に屈託の無い笑顔を返してくれた。

各々の親に承諾を貰った後、全員の予定を参考に日程が調整された。
出発前日の夕刻。有紗たちの両親が父母と挨拶をしていたのがリビングから聞こえた。
大人の話ってやつだろうか。
私は一抹の不安を抱きながらも、微かな期待を胸に、有紗たちを信じて明日を待った。

そして翌日。
祖父母と両親と私は、合流の都合で予定の待ち合わせ時刻よりも早く東京駅に着いていた。
七時半を過ぎた頃、改札口から有紗たちの姿が見えた。
「おはよー!」
キャリーケースを引きながら改札を抜ける三人に大きく手を振る。
「おっす」
「おはようございます」
理枝と柚子香は相変わらず元気そうで何より。
柚子香は前髪を少し短くしたようだった。
「おはよう」
少し控えめの挨拶で答えたのは有紗だ。
冬休みが明けた頃から、有紗は私たちを避けるようになっていた。
付き合いも悪く、今私たちと有紗は気まずい関係が続いている。
でも、有紗に悪意がないという事は私たちも察していた。
毎日遅くまで、たった一人自習室に籠り机に向かう有紗を、私たちは知っていたから。
「この度はお招き頂きありがとうございます。これから三日間お世話になりますので、よろしくお願いいたします」
柚子香が代表して深く頭を下げた。
「まあまあご丁寧に。こちらこそよろしくね」
祖母が柚子香の白い手を優しく掴んで握手した。
皆私と同い年の友達だ。おばあちゃんにとっては孫のように思えるのだろう。
「あんまり堅くならず、この三日間は楽しんで欲しい。困ったことがあれば、遠慮せずに何でも言いなさい」
祖父の一声に、祖母がうんうんと頷く。
今回の旅行は祖父母が企画した事もあってか、珍しく父と母の口数は少なかった。
それぞれ軽く挨拶を済ませて乗り換え用の改札に向かう。
「それじゃあ早速、サザンアイランドに出発と行きますか!」
少し落ち着いた雰囲気のあった有紗が急に声を上げたものだからびっくりしたけど、それと同時に私はホッとした。
有紗はやっぱりそうでなくちゃ。
「沖縄って、私初めてなんだよね~」
「イエス、ミートゥー!」
「とても良い所ですよ。海が綺麗で料理も美味しいですし、心安らぐ素敵な場所です」
両親とその祖父母、加えて高校生という変わった旅だけれど、三人は思ったよりも早く馴染めたようだ。
「昨日は画像検索サイトで沖縄の画像を漁りまくってたよ」
「大丈夫、有紗? 夜更かししなかった?」
旅行は自分が思っている以上に体力を消耗する。
夜更かしは禁物だ。翌日思うように動けない事もある。
「心配無用。毎日九時間寝てるから」
「それは寝過ぎだよ…」
久々に響く四人の笑い声。
それがとても嬉しくて、心のどこかに隠れていた悪魔は、どこかへ吹き飛んでいったようだった。

東京駅から再び電車に乗り、空港を目指す事四十分。
国内線ターミナルで軽食を取り、キャリーケースを預けてセキュリティゲートを潜り抜ける。
理枝と有紗は初めて通ったようで、ブザーが鳴らないにも関わらず行ったり来たりを繰り返して感動していた。
渋滞源だった有紗を捕まえて搭乗口へ。
子供のようにはしゃぎ回る有紗を引っ張って、指定の座席に座らせた。有紗の保護者か私は。
機内では窓側から有紗、私、通路を挟んで理枝、柚子香と並んだ。
席に着いてからもそわそわとして落ち着きのない有紗。
さりげなく私の袖をぎゅっと掴んでいる。
「どうしたの有紗?」
「…………星南くん。私はね、実は飛行機に乗るのは初めてなんだ」
「そうなんだ。それで、どうして私の袖を掴んでるの?」
まるで親の裾を掴んで離さない子供のようだった。
「……いやー、その、怖くて……」
「大丈夫だよ、怖くはないから。離陸と着陸の瞬間は少し驚くかもしれないけど、ジェットコースターなんかよりマシだって」
「ほんとに……?」
「本当だって。楽しいよ」
「柚子香は結構慣れてそうだね」
一方同じく飛行機初搭乗の理枝は落ち着いていた。
座席に設置されていたモニターで遊んでいる。
「そうでもないですよ。飛行機に乗るのは二年ぶりくらいですから。最近は船旅が多いので」
「船……」
流石社長令嬢……私ら平民とは違う世界に住んでいた。
離陸直前に青くなっていた有紗が添乗員さんからもらった紙パックのミルクをチューチューと吸っていたが、離陸直後は紙パックを握り潰し大興奮していた。
「Marvelous!! 飛行機を作った奴は天才だっ!」
「そんな大袈裟な……」
空港を発ってから二時間半。
私たちを乗せた飛行機は那覇空港に着陸した。
「……暑っ! 何この暑さは!?」
飛行機を降りた途端むわっとした熱気に包まれた。
「今って、三月だよね?」
理枝は手をうちわにして顔を扇いでいた。
屋内だからまだ良いものの、炎天下ではキツそうな日光だ。
「星南の言ってた『夏物でも大丈夫』っていうのは本当だったのか……」
「少しは信用してよ有紗」
「まさかこんなに暑いとは思わなくてね……」
まあ、私もここまで暑くなるとは思っていなかった。
例年よりも暑さが厳しいように感じる。
「まずはどこに行くんだっけ」
一歩先を歩いていた大人グループに近づいて聞いてみる。
「今日は、実はそんなにゆっくりしていられないんだ。夕方にはホテルに着かないといけないから」
父さんが軽く今日の予定を説明した。
那覇空港を降りたのは良いものの、今晩私たちが泊まるホテルはここからかなり離れている。
のんびり観光しているとチェックインが遅れてしまって明日に備えられないのだ。
現地でレンタルした大型のミニバンに乗り込み、私たちはひたすら目的地のある北を目指した。
本州と比較すると沖縄本島はかなり小さく見えるけど、実際に移動してみると案外広い。
途中で昼食を取ってから高速に乗り、再び北へ向かう。
那覇を出てから三時間ほどかかっただろうか。ようやくホテルに到着した。
「わあ……ここかあ」
そこは私も初めての場所だった。
那覇の方はオフィスビルやらモノレールやらが混在していて、いまいち南国っぽさが感じられなかった。
でもここは、紛れもなく私たち都会人が想像していたものだった。
眼前に広がるのは透明なマリンブルーの海に白い砂浜。
海岸線に沿って走る車道にはヤシの木が等間隔に並び、潮風を受けてその葉を揺らしていた。
心奪われてしまうような絶景が、そこにはあった。
沖縄に訪れた事は何度かあったけれど、この景色を見たのは初めてだった。
「星南さん……?」
「えっ……ああ、ごめん」
柚子香に促されるまで、私はじっとそれを見つめていた。
海外へ行った時の記憶が一瞬だけ脳裏に蘇る。
私が求めていたのは、いや、求めているのは「これ」なのかもしれない。そう思った。

ホテルに着いた頃にはもう午後五時を過ぎていたので、その後はホテルでゆっくりする事にした。
案内されたのは中が和室と洋室の二つに分かれている大人数向けの部屋で、私と有紗たちは和室で、祖父母と両親は洋室で寝る事にした。
夕食後の風呂上がり、敷かれた布団に有紗がダイブする。
「ん~離島って良いね。都会みたいにごちゃごちゃしてないし、時間がゆっくり流れてる気がする」
「…………」
第六感というやつだろうか。
うつ伏せになって寛ぐ有紗を見て、私は何かを感じ取った。
「……どうしたんだい、星南くん」
「もしかしてだけど……有紗、変なWAMアイテム持ってきたりしてないよね?」
一年も一緒にいると、有紗がどのタイミングでWAMアイテムを繰り出してくるか予想がつく。
今がその瞬間だと思ったのだ。
ところが有紗から返ってきたのは以外な一言だった。
「実はないんだよ。本当は持って行きたかったんだけど、キャリーケースに入らなくて。それにホテルじゃ使えないし」
「……まあ、確かに」
有紗にしては珍しかった。
こんな時だからこそ持ってきそうなものなのに。
「今日は早めに寝よっか……移動で疲れちゃったし」
「そうですね」
「だね。明日も早いし」
理枝の提案に皆賛成した。
両親たちに声をかけて、明日の起床時間を確認してから部屋の電気を非常灯に切り替えた。
皆が静まり返って三十分くらい経った頃。
「…………」
「…………」
ゴソゴソ……。
隣で寝ていた有紗がもぞもぞと布団を持ち上げて、キャリーケースの方に這っていく。
「……なにしてるの、有紗」
掛け布団を少しはだけて、皆が起きないよう小声で有紗に話しかける。
「せ、星南……! 起きてたなら言ってよ、びっくりしたよ……実はカメラのバッテリー充電するの忘れちゃってさ」
「もう十一時半だよ……」
「分かってる。寝るよ」
そろそろと布団に潜り込む有紗。
「…………」
「…………」
それから二十分くらい経っただろうか。何となく眠れず、私は寝返りを繰り返していた。
「……星南くん?」
「……まだ寝てなかったの……?」
消灯からもう一時間近く経っているはずだ。
私以外はもうすっかり夢の中だと思っていた。
「……泳ぎたいね」
「どこで」
「海で」
「水着ないじゃん」
「そんな物は必要ない」
「え……あ、まさか……WAMアイテムを持ってこなかった理由って」
「明日が楽しみだな」
「はぁ……」
そんな会話を交わした直後、有紗は寝息を立て始めて寝てしまった。
あれは、寝言だったのだろうか……。

深夜、突然目が覚めた。
非常灯が仄かに室内を照らす中、有紗たちを起こさないようゆっくりと布団をはだける。
携帯電話に表示されているアナログ時計は、ちょうど零時半を指していた。
どうして目が覚めたのだろう。トイレに行きたい訳じゃない。
このまま再び寝入るのもなんだか腑に落ちない気がして、一応トイレに行くことにした。
そっと襖を開けたその時、洋室から誰かの話し声が聞こえた。
「…………」
何を言っているかは分からない。でも、これは確かに話し声だ。
父さんたち……何を話しているんだろう。
少し後ろめたい気もしたけど、私はドアにそっと耳を近づけた。
「……本当は、こんな事俺が口出しすべき事じゃあない。ただな。星南のあの声を聞いて、言うべきだと思ったんだ」
え……わ、私の話!?
近づけていた耳をドアにくっつけて耳を澄ます。
「旅行が好きなのは、構わない。海外に行くのも良い経験になるし、二人で決めた事なら俺も文句は言わない。俺も旅行は好きだからな。ただ、筋は通すべきだ」
それは祖父の声だった。
「去年の夏に、星南とフランスに行っただろう?」
フランス……?
何故今その話が出てくるのだろう。
「どうして星南を病院に連れて行かなかった? あるいは、すぐ帰国しなかった?」
「そ、それは……」
答えたのは父さんだった。
「電話越しに星南の泣く声が聞こえた。さぞ辛かった事だろう……」
おじいちゃん……覚えてくれていたんだ。あの時の事。
フランスで有紗に電話をかけた時、私はおじいちゃんにも電話をかけていた。
「二人にとって星南は何だ」
両親から言葉は返ってこない。
「本来なら、たとえ親子であってもこんな事は言うべきじゃあないだろう。でも今回は言わせてもらう。子を養うのは親の義務だ。そして、子を守るのも、親の義務だ」
祖父が何故旅行を企画したのか。
この時私はなんとなく理解出来た。
「星南は苦しんできた。面と向かっては言わないだろうが、星南は誰よりも助けを求めている」
祖父は私の思いを伝えようとしてくれていたんだ。
「今日は二人にそれを言いたかった」
「親父……」
「確かに、星南に悪い事をしたわね…」
それが、両親が私の思いに気付いてくれた瞬間だった。
「今の星南が本当に求めているのは、異国の景色でも異文化の発見でもなく、二人の愛情だと俺は思う」
「愛情……」
「それを……分かって欲しい」
次第に私はじっとしていられなくて、思わずドアノブに手をかけてしまう。
「光太郎は覚えてないかもしれないが……お前がまだ小学生だった頃、俺も旅行好きだったから、三人でよく出かけたもんだ」
「懐かしいですねえ」
ずっと黙っていた祖母が初めて口を開いた。
光太郎とは、私の父さんの名前だ。
父さんが子供の頃。
私なんかには想像もつかない頃の話だ。
「旅行中にお前が高熱を出してな。焦ったよ。すぐに最寄りの病院を探して診てもらった」
「あの時はお父さん、大慌てでしたね」
「大事にならなかったのが不幸中の幸いだったがな……」
「そんな事が、あったのか……」
「光太郎。養いや家庭環境に口出しするつもりはない。ただ、親として、絶対に守らなきゃいけないものってのはある。それを、どうか忘れないで欲しい」
いてもたってもいられなくなって、私は強く握りしめいたドアノブを捻った。
私の胸中を代弁してくれた祖父母にお礼を言いたかったのか、両親の目の前で、心の中に突っかかっていた物を吐き出したかったのか。
その時私は何がしたかったのだろう。
気付いた時には部屋に踏み込んでいた。
テーブルを挟み、向かい合って座る両親と祖父母。
四人とも、驚いたような困ったような顔をしていた。
「お、起きてたのか星南……」
「父さん……」
「……星南。すまなかった。僕が、悪かった……」
「……父さん……」
喉の奥から熱いものがこみ上げてきて、声が震える中たまらずその場で涙をこぼした。
「ごめんね、星南。私たちが、もう少しあなたの事を気にかけるべきだったわね」
背中を優しくさする母さん。
その時私は、初めて本当の親の優しさに触れた。
眠気もあって、そこから先の事はぼんやりとしか覚えてないけれど、ただ一つはっきりと記憶に残っていたのは、子供のように泣きしきる私の側にずっと父さんと母さんがいてくれた事だった。
心の傷は未だに癒える事はない。
でも私は、生まれて初めての優しさに包まれた事が何よりも嬉しかった。
今の私には、それで十分だった……。

翌日の夕方。
私と有紗、理枝、柚子香の四人はホテルの眼下に広がる砂浜に座っていた。
白くて、柔らかく、ほんのりと暖かい砂の海。
その多くは、かつて生きていた珊瑚の亡骸だという。
ゆったりと打ち寄せる波の遙か彼方、橙色の夕陽が水平線の上から私たちを見守っているような気がした。
「良いねえ、島国。私沖縄に住もうかな」
私も有紗に同感だった。都会は忙しすぎるのだ。
「なんだかここにいると、時間がゆっくり進んでいるように感じますね」
「……あれ、理枝は……」
横で大の字になって空を見上げていた。
「風が心地良いねえ~。このまま寝ちゃいたいよ」
「満潮までに起きないと魚の餌になっちゃいますよ」
「ぎゃあああ!」
悲鳴を上げて飛び起きる理枝。
夕食前、私たちをここに集めたのは有紗だった。
きっと何か話があるのだろうという事は想像に難くなかった。
私と理枝と柚子香の三人は、有紗が切り出すのをじっと待ち続けた。
そうしている内に、理枝の言う通り眠くなってきてしまって……。
瞼が重くなり首が傾いてきてしまう。
そんな時。
「ひやあっ!」
冷たい何かが背中にかかり目が覚めた。
「な、なに……!?」
振り向いたその先に居たのは、ニヤリとしたり顔を浮かべる有紗だった。
「……う~」
シャツの後ろがぐっしょりと濡れている。
「この~!」
私服だろうが関係ない。人のうたた寝を邪魔する不埒な輩には天誅が必要だ。
「バカあああああ!!」
有紗の肩を引っつかみそのまま海にぶん投げる。
「……くっ、離すものかああ!」
バランスを崩した有紗に胸ぐらを掴まれ私も巻き添えを食らってしまう。
「きゃあああっ!」
バシャンとそのまま二人で浅瀬に倒れ込む。
「冷たっ!」
「私も混ぜなさああい!」
「ちょ……理枝!? うわっ!」
「み、右に同じです!」
そんな所に理枝と柚子香が混ざり、すっかりWETプレイ状態になってしまう。
水の滴る重い服を絞って立ち上がると、今度は有紗が水をかけてきた。
「こらっ、海水は目に沁みるんだよ!」
と言っても誰も聞きはせず、誰から水が飛んで来るかも分からない。
段々ヤケになってきて、目を瞑ったまま私もどこかの誰かに水をかけた。
そんな水飛沫の中から皆の笑い声が漏れてくる。
私も自然と笑顔になっていた。
久々のWAMプレイ。
もしかしたら、これが最後になるのかもしれない。
理枝も柚子香も、そして有紗もそう思っているだろう。
それなのに、私たちは何故か嬉しかった。
これで終わりかもしれないのに……。

「星南があんなに嬉しそうに笑うなんて」
ホテルのベランダから、光太郎が海辺で戯れる四人を見下ろしていた。
そこへ星南の祖父がやって来る。
「あれが本当の星南の姿だろう」
「三人で旅行に行っている時、星南が僕たちにあんな笑顔を見せた事は一度もなかった……」
「すぐには難しいかもしれないが、いつかきっと星南は二人にも同じ笑顔を向けてくれるだろうさ」

服を濡らし、砂まみれになった私たちは皆で大の字になって砂浜に倒れるようにして寝込んだ。
暫くして、有紗がそっと口を開いた。
「まだ詳しくは話せないんだけど、私、やりたいことがあるんだ」
「……うん。でも、その時が来たら教えて欲しいな。有紗が何を目指してるのか」
私たちにそれを手伝うことが出来るかは分からない。
それでも、応援だけでもしたい。
「最近付き合い悪くてごめんね……どうしてもやりたい……いや、やらなくちゃいけない事だから」
「良いよ……有紗がそうしたいなら、私は反対しないよ。理枝も柚子香も、同じ事を考えてると思う」
両隣の理枝と柚子香がこくりと小さく頷いた。
夢……か。
皆に、聞いてみようかな。
「柚子香は、進路の事考えてる?」
「私は……大学で経済を学ぶつもりです。まだまだ学ばなければいけない事だらけですから」
「理枝は?」
「スポーツインストラクターを目指してはいるんだけどね~……どうなるか分からないけど。専門とかかなあ」
皆しっかり考えてるんだ。凄いな。
自分がやりたい事ははっきりしてるんだけど、将来はぼんやりとした輪郭が見えるくらい。
「星南は?」
少しの沈黙の後、理枝が私に質問を返してきた。
「私は……」
自分の夢……私がやりたい事。私がなりたいのは……。
「……まだはっきりとしないんだけど…………あれかな」
私は白線を伸ばして大空を飛ぶ、蟻のように小さな、でも確かに真っ直ぐと線を描いて飛ぶ飛行機を指さした。
「……飛行機?」
「うん……」
ちょうどその時、砂浜に降りる階段の方から母さんと父さんが降りてきた。
「星南ー!」
「皆ー! 夕飯食べに行くわよー!」
「はーい!」
起き上がり、脱いだ靴下を持って引き上げる。
「それじゃあ食べに行きますか! 昨日はあんまりゆっくり出来なかったからねえ」
有紗、昼間あんなに食べたのに……まだ足りないというのだろうか。
「あっ、その前に着替えないと」
流石にこの格好で大広間には行けない。
靴も見事に浸水しちゃったし……。
「それじゃあ先に温泉入っちゃおっか」
「はいっ!」
理枝の提案に柚子香が元気良く答えた。

それはやっぱり、WAMに思いを馳せた私たち四人の最後のWAMプレイになった。
楽しい時間も、いつかは終わりを迎える。
それぞれの夢を胸に秘め、私たちは明日へ踏み出していく。
そこに希望ある未来が待っていると、そう信じて。

END

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