『Ultimate Choice』

「これは……」
誰にも必ず、究極の選択を迫られる時が来る。
20・30・40代、それがいつやって来るのかは誰も知らない。
「随分と手の凝った悪戯……」
でもまさか、この高校生の私に来るなんて……。
そして、今まさにその選択を迫られているなんて--。

「ってことで、旧シャワールームは悪戯に使用されてるため、今後一切の立ち入りを禁じる。特に男子! 絶対入るなよ」
「旧シャワールームなんて今時誰も入らないだろ」
先生の言葉の後に続いて、男子生徒のツッコミが聞こえる。
思えばこの時、私はもう少し慎重になるべきだったのかもしれない。
旧シャワールームなんか自分にとってなんの関係もないと決め込んだ矢先、先生の注意は私の耳に入らない。
「高崎ー、今日野球部グラウンド5時から使えるって--」
「おっけ、それまで俺部室にいるわ」
「おいうるさいぞ。まだHR中だ」
こう言っても静かにならないのは恒例行事だが、この空気はなかなか嫌いじゃない。
「あー、それと楠。生徒会が直々に、3班にプールサイドの掃除を頼んでたぞ。行ってやってくれ」
「え……」
最悪だ……。
一気にテンションが下がる。
プールサイド掃除なんてろくなものじゃない。
しかもそれは本来水泳部のやる仕事であって、私達がやる筋合いはない。
「先生、絶対ですか?」
「まぁ生徒会からだからな。忘れるなよ」
こうなるとどうしようもない。
避けて通ることは出来なさそうだ。
「わかりました……」
班のみんなにその旨を伝え、渋々ながらプールへ向かうことにした。
さて。どうしたものか。
プールに来たのはいいものの、汚れなど一つもない。
おそらく昨日の間に水泳部が清掃したはずだ。いつも以上に綺麗なプールサイドがそれを物語っている。
その光景を見て次々と愚痴を吐く班員の後ろから、聞き慣れた声がした。
「あー、え? もしかして掃除……とか?」
このやる気の欠片も見えない先生は水泳の大島先生だ。
この人なら話が通じるはず、と私は勇んで前へ躍り出た。
この理不尽な仕打ちを一刻も早く終わらせる必要がある。
私はほんの少しだけこちらが有利になるように事実を改変して事の詳細を話した。
「あー、そうなの。じゃあねえ……いいよ、班長だけ適当にプールサイド見回して終わり。ゴミあったら捨てといてよ。他のみんなは帰っちゃっていいから」
「私は残るんですね……」
嬉々としてスクールバッグと共に制服を翻した班員を横目に私は項垂れた。
「楠も適当でいいよ。ちゃちゃっとプールサイド見てゴミなかったら帰って--」
「……? どうしたんですか?」
「ああ、いやー。そういえば、シャワールームもついでに見てきてくれないかな。汚れちゃいないと思うけど」
「はぁ、わかりました」
「そうそう、シャワールームは『右』だよ。旧シャワールームと間違えるなよー」
「『右』ですね。わかりました」
先生が話のわかる人でよかった。これですぐに帰れる。
それにしても、会長は何がしたくて私達にこんな遣いを頼んだのだろうか。現にプールサイドは綺麗だし。
まぁ考えるだけ無駄かな。
そんなことを考えている内にプールサイドを一周する。あとはシャワールームのみだ。
「そうそう楠」
「はい?」
「俺さ、今日水泳部活動ないしもう帰るわ」
「え?」
「シャワールーム回ったら帰っていいよ。鍵は用務員がしてくれるから」
「はぁ……」
大島先生はリュックサックを背負っててくてくとプールサイドから出ていってしまった。
「……シャワールームか」
シャワールームの入り口まで来ると。
なんと--。
入り口が二つあるのだ。
ぱっと見どっちが新か旧かは判別ができない。
「右だよね」
なんの躊躇いもなく、私は右のシャワールームに足を踏み入れた。

その頃大島はというと。
「…………」
ちょうど校門を出る頃だった。
シルバーのクラウンが段差で大きく揺れる。
大島は演歌ラジオを流しながら独りごちていた。
「そういえば……」
自分の『右』という発言に引っかかる。
「あ」
思わず路肩に停めてしまう。
「『右』って、教員用入り口から見ると新シャワールームは『右』だなぁ。ということは……」
生徒用入り口から見たら右は……。
「ま、いっか」
シルバーのクラウンが発進した。

「個室も見たほうがよさそうかな……」
私は『右』のシャワールームに入っていた。
生徒用入り口から見たら『右』、教員用入り口から見たら『左』のシャワールーム。
つまり--旧シャワールームに。
「あれ、なんだろう」
シャワールームの個室の一つの床。
鍵のようなキラリと光る物が見える。
私はその個室に、足を踏み入れた。
腰を低くしてそれを掴もうとした瞬間。
ガタンッと個室のドアが閉まった。
「……っ!?」
自然に閉まったにしてはあまりにも強すぎたので硬直してしまう。
正直言うと、めちゃくちゃ驚いた。
「あ、あはは。全く驚かせないでよ」
私は個室から出るために、そのドアノブをひねった。
だがその時、第六感とも言える何かが危険を察知した。
頭上。私の頭上にその危険がある。
そこには青いバケツが二つ。一つは少し私の方に傾いている。
バケツには紙が貼ってあって、それぞれ「お楽しみR」と「お楽しみP」とある。なんと白々しい。
おそらくこれは悪戯だ。しかもかなり性質が悪い。
私がこのドアノブをひねったら中身が降ってくるっていう典型的バラエティ風な物。
バケツの片方が傾いてるのは私が今若干ノブをひねっているからだ。
「お楽しみR」はローション、かな。「お楽しみP」は……ペンキ?
にしてもこれを作った人は天才的だ。
このドアノブ。右でも左でも、どっちにひねってもドアは開く。
つまり、どっちかにひねるとどっちかのバケツの中身をかぶることになるってことだ。
しかもここのシャワールームの個室は個々の仕切りが完全に天井に繋がっていて、下に十五センチくらいの隙間があるだけ。
もちろん十五センチじゃいくら女の子でも私の体は通らない。
私はこのバケツのどっちかを確実に浴びなければならないのだ。
「これは……」
二つに一つ。ローションか、ペンキか。
やだなぁ。ローションなんて芸人が浴びてるのを眺めてるのが一番よ。
あんなドロドロした液体を制服ごとだなんて信じられない。
でもペンキってのもキツイ。何色かわからないし白のセーラー服が汚さるのもお断り。
でもどっちかを選ばなければここからは出られない。
「随分と手の凝った悪戯……」
もう吹っ切れるしかないか……。
私はポケットの中からポケットティッシュと携帯電話を取り出して下から滑らせた。
「覚悟決めますか……」
今ドアノブを若干ひねっていて傾いているバケツが「お楽しみR」だから--。
そのまま私はドアノブをひねり、開けた。
「きゃああぁ!」
バケツの中にたっぷりと満たされていたローションが一気に振りかかる。
「ううぅ……」
袖の下に糸を引くローションを見てため息がどっと出た。
「Rの中身が当たったのは嬉しいけど、ローションは……無理」
旧シャワールーム。当然だが、水道は切っている。
私が出てきたシャワー室。絡みつくローションにもがく私。
水道が切ってあるはずのシャワーの先から、ぽたりと水滴が落ちた。

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