『The reluctant knights』

私とミーナは街を後にし、北を目指してレナド村へ向かっていた。
馬車がすれ違える程の広い通りを道なりに進んでいくと、先が二手に分かれている。
「フーカ、どっちだったっけ?」
「確か……左がハイナの森だったはず。ちょっと待って、地図出すから」
街でもらった地図を懐から出して広げる。
それを横からミーナが覗き込んできた。
「左で合ってるね。うわっ、右は結構長いんだ」
「そう。レドナ村までの所要時間はおよそ左の四倍」
森を大きく迂回する右の道は整備されていて人家も多く、安全だという話を以前から知っていた。
ただ、レナド村に着くまで三つも他の村を経由しなければならないので、遠回りではある。
なるべく早くレナド村に着きたいこともあって、私たちは多少のリスクを負ってハイナの森を抜けることにした。

私の名前はフーカ。
西の国出身の女剣士。
かつては国軍に仕えていたんだけど、自分には合わず数年で脱退。
今は南方出身のミーナと一緒に危険生物の討伐を生業としている。
とは言っても危険生物なんてのはそうそう沢山出現するはずもなく、剣を振る数が減ってしまって、『鬼切りのフーカ』なんて呼ばれていた頃の腕は見る影もない。
自分の衰えてしまった剣技を鍛え直すため、ミーナはかつての友人と再会するために、私たちは遥か彼方にある北国を目指していた。
今向かっているレナド村はその北方の玄関と呼ばれている。

分岐点から歩くこと二十分。
次第に背の高い木々が増えてくる。
重なる葉と葉の間を抜けて射し込む日差しが、舞台役者たちを照らすスポットライトにも見えた。
ハイナの森に差し掛かったのだろう。
遠くからせせらぎが、聞き慣れない鳥のさえずりが聞こえてくる。
大股で渡れるくらいの狭くて浅い沢を越えたあたりで、ミーナが「ねえ」と久々に口を開いた。
「ヨルネリシュって知ってるでしょ?」
「うん」
「あのデカ蛇、つい最近ここらで目撃されたんだって」
「え……」
思わず足元に這う蔦で転げそうになる。
「な、何でもっと早く言わないのよ」
「危険生物じゃあないしさー」
「いや、なるべく交戦したくはない」
ヨルネリシュは近年発見された大蛇だ。
大型種の中では比較的大人しい方なんだけど、あいつは厄介の一言に尽きる。
どう厄介かは、実際に遭遇すれば分かる。
「ホラホラ、噂をすればあんな所に」
「嘘でしょ……」
十数メートル先、大岩のような頭からギョロリと盛り上がった二つの赤目が光る。
口先から白い舌がチロチロと伸びた。
ヨルネリシュがこうしてターゲットと対峙する時は決まっている。
その長い巨体で獲物を完全に囲ってしまっている時だ。
「はあ……戦わなきゃいけないのか、あれと」
「こうなっちゃうともう逃げようがないからね」
先手必勝。素早く抜刀し、ヨルネリシュの頭めがけて肉薄する。
「来るよ!」
ヨルネリシュの口から何かが吐き出された。
ミーナがそれを避け、私が少しばかり遅れる。
「くうっ!」
私の右胸に茶色いどろどろとした液体がべっとりとへばりつく。
ミーナがヨルネリシュの顔を切り上げた。
耳をつんざくような悲鳴を上げてヨルネリシュが身をよじる。
「フーカ、大丈夫!?」
「大丈夫じゃない!」
液体はしっかり張り付いてしまっていて、手で払おうとしても中々落ちない。
それどころか手もべたべたに汚れてしまって、戦闘に集中できない。
この液体、重みがある上に粘着力もある。
「しぶといなあ」
悶絶していたヨルネリシュの胴体から茶色いどろどろが溢れ出した。
それが私たちめがけて発射される。
「危なっ」
ミーナがさっとその場を離れて液体を避ける。
私も回避行動を取ろうとしたものの避けられず……。
「ううぅ……」
全身で液体を受け止めてしまった。
頭髪から靴まで全身液体まみれで、もはや戦うことすらままならない。
ミーナが再び肉薄すると、両眼の間を切り込んだ。
うねるようにして暴れるヨルネリシュはやがて静かになって動かなくなった。
「なんとかなったね」
血肉を振り落とした剣を鞘に収め、私のもとにやって来る。
「ミーナ、助けてほしい」
情けない姿だった。
ぼたぼたと液体を滴らせ、髪はべっとりと汚れ、剣も使い物にならない。
「そういうこともあるって」
「腕落ちたなあ、私」
以前の私なら、こんな醜態を晒すこともなかっただろう。
身体が汚れたことも相まって憂鬱になる。
「とりあえず近くの川で洗おうか」
「そうしてもらえるとありがたい」
私はミーナにひょいと抱え上げられる。
すると突然、倒れたはずのヨルネリシュが、最後のあがきか胴をくねらせて再び液体を撒き散らした。
ミーナがかわそうとするも、間に合わずに直撃をもらう。
「うわあっ、やってしまったぁ! ってか生きてた!」
バランスを崩したミーナが前のめりに倒れ、抱えられていた私も投げ出されてしまう。
「……こいつのこういう所が嫌だから戦いたくなかったのよ」
べったりと液体の付着した前髪を払いのける。
「もしかして私たち、二人とも行動不能?」
「イエス」
ミーナも背中にどろどろをくらってしまって、動けそうになかった。
「どうすればいいかな?」
「川まで行くか、液体の粘着成分が落ちるまで数十分待つか」
「前者で、と言いたいけど無理。立てないや」
「ごめん、私も」
掠り傷一つつけられない生物にここまでやられてしまったことがどうしようもないくらい情けなくて、二人で呆れ笑いを浮かべるのだった。

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~あとがき~

少しだけ短さにこだわってみました。
いや、長ーよってツッコミはなしにして頂けると助かります。私の中では短い方なのです。
久々のファンタジーですが、実在しないようなモンスターが出せるのはいいですね。巨大生物とか。
それがファンタジーの良さだと思います。

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