『Four-Leaf Clover 1 -Thick Cannon-』

「それで……これは一体?」
「ドッキリが失敗しちゃったから、これはこれで」
苦笑いを浮かべる有紗の背後で進められる養生と、テーブルに置かれた……なんだろう。大型のブロアーと炊飯器様の箱が、小指ほどの太さのチューブで繋がれた「何か」が置かれていた。
「これぞ私、築野有紗が二ヶ月かけて作り上げた世紀の発明品……その名も、携帯式流動体発射装置スィックカノン!」
「いや、そういうことじゃなくて」
自身の傑作に陶酔しているのか、恍惚気味の有紗から視線を移し、私は自分の部屋を見回す。

私、小椋星南は、訳あって八月から十二月の間フランスに行くことになっていた。
仏語講師である母のおかげで言語に苦労することはあまりなかったが、急な環境変化のせいで身体を壊してしまい、渡仏二ヶ月にして帰国。
一週間ほど入院した後無事に快復し、通学も可能になり現在に至るのだが……。

仮にもこれが私の退院パーティなのだろうか。
丸まった養生テープやビニール片がそこここに散らばり、床から天井に至るまでビニールシートで養生され、リフォームでも始まるのかという有り様だった。
テープ片手にペタペタと養生を進めていたのは有紗を除く二人。
「想像以上に……疲れますね、理枝さん」
かの有名な中嶋自動車の社長の三女。細縁メガネが特徴的な、自称「行動派」のお嬢様、中嶋柚子香と。
「そうかな~? いつもの朝練メニューに比べれば、かなり楽だと思うけど」
腕っぷしは女子の中でも学年一、くせっ毛が可愛い谷崎理枝。
三人は私のためにドッキリネタを用意していたのだが、仕掛けていた本人たちがネタを漏らしてしまい、私が顔面でパイを受け止める未来が訪れることはなかった……。
それでは何故こうして養生されているのか。
私は有紗にそれが聞きたかったのだ。
「そのシックカノンは置いといて、何で私の部屋がこんな事になってるの? 塗装でもするの? まあ最近DIY流行ってるみたいだし……ってこれだけ養生されたんじゃ塗装も出来ないか」
「シック、ではないよ。スィックね、スィックカノン」
ネイティブスピーカーの先生よろしく舌を少し突き出して言う。
ふらりと退室しようとする私の腕を有紗が制した。
「Where are you going?」
「夕飯の食材を買いに行こうかと」
「あー待って待って、ちゃんと説明するからさ」
どうも有紗たちの魂胆は見えないが、買い出しに行くというのも半分冗談だった。
「サプライズが露見しちゃった代わりに、こいつの試運転をやろうと思ってね。こうして準備したのだよ」
作業を終えた柚子香、理枝と共に四人でシックカノンを囲んで集まる。
「これが有紗さんの自信作ですか」
「すごいね~、ハンドメイドとは思えない完成度だよ」
よく見ると箱部分にはハの字にベルトが二本。
リュックのように背負えるようだ。
「試運転って、何をするの?」
スクールバッグを漁る有紗に声を掛ける。
「それは見てからのお楽しみ。まずは材料を入れないと」
箱上部にある円形の蓋を開け、中にホワイトチョコレートクリームを投入する。
柚子香と理枝もシックカノンは初見なのだろうか。淡々と進める有紗とシックカノンを興味深そうに見つめている。
「蓋をしたらスタンバイボタンを押す」
有紗がブロアー側の青いボタンを押し込むと、箱の中から洗濯機の運転音のような異音が漏れだした。
「……大丈夫なの? これ」
「そういう仕様。これでチョコレートが内蔵ミキサーにかけられる。本来はダマになってる食材をスムーズに処理するための付加機能だったんだけど、基本装備にしてみました」
うーん……新種のフードプロセッサーだろうか。
全体像を観察すると、売り子のビールサーバーに見えなくもない。
「音が止んだら内容物はチューブを伝って発射準備室へ」
「発射?」
「急速冷却開始、準備完了まであと30秒」
有紗がシックカノンの箱部分を肩にかける。
ブロアーの細かいボタンをポチポチ押していくと、スリットから覗いていたファンが瞬時に回り始める。
「排熱はこれでオッケー、と……」
「…………フードプロセッサーじゃないの?」
「はあ? 携帯式流動体発射装置って言ったじゃん」
「長くて聞き取れない。それに、チョコを冷やしてどうするの?」
「LEDが点灯したらセーフティボタンを押しながら……」
「聞いてる?」
「…………どうするも何も、決まってるじゃん」
有紗がブロアーを構えて、その吹き出し口を私へ向ける。
私の胸元に当てられる赤い光点。
それはどこかで見たことのある…………ああ、映画で拳銃を向けられた人にこんな点が……。
「可愛い女の子を、制服もろともドロドロに汚すためよ!」
有紗の指が赤いボタンに掛けられ……。
「スィックカノン、発射!」
バシュ。
胸元に軽い衝撃を受けた後、とろみを帯びたホワイトチョコが上半身に飛び散った。
腕を構えた際に袖口から入ったチョコレートがとろとろと垂れてくる。
「フフフ……動作は完璧。やっぱり紺系の制服は白で汚すに限りますなあ」
一瞬何をされたのか理解できなかった。
部屋に広がる甘い香りとリボンから滴るホワイトチョコを見て、途端に怒りがこみ上げてくる。
「…………何してくれるんだああ!!」
「せ、星南さん……!」
よく分からないが、私を心配してくれている柚子香は顔を赤らめている。
「流動体を真っ直ぐ飛ばすのは難しいから、ボール状にして冷却。表面のみを凝固させれば対象にヒットした時に破裂するスィックボールが完成する、という訳なのよ」
再びポインターが、今度は額に当てられる。
「させるか!」
ブロアーの先端を掴んで反らす。
「これで撃てないでしょ」
「……発射口が一つだけとは、一度も言ってないよ」
ニヤリと口角を上げた有紗が、ブロアーの脇に備え付けられたノズルを取り上げる。
「え……」
「副砲も備わっているのだよ」
「わぶっ」
細めの発射口から放たれたドロッとしたホワイトチョコが、顔面に降り掛かる。
思わずぎゅっと掴んだブロアーを離してしまう。
「タンクは二つ搭載してるから、ボタン一つで主砲と副砲を切り替えられる。ちなみにブレンドも可能」
「う…………」
「これでトドメよ」
再び赤いボタンにそえられる有紗の指。
「このっ!」
視界が塞がれた状態での、咄嗟の行動だった。
反射のように伸びる腕が掴んだのは、くしゃくしゃに丸まった養生テープ。
狙いは適当だ。シックカノンの発射口があったであろう空間めがけて投げる。
奇跡としか言いようがないが、その投げたボールは、発射口の先端に詰まったようだった。
「なっ……!?」
ピーッ。
有紗が発射ボタンを押した直後、シックカノンが悲鳴を上げた。
とりあえずの安全は確保できただろう。私は手で目元についたホワイトチョコを拭き取る。
圧力に耐えきれなくなったシックカノンのホースが脱落した。ホワイトチョコが噴き出し、有紗を襲う。
「あっ、うわっ……」
ドロッとした白いチョコレートが有紗の制服を汚していく。
その時私は、まだ心に余裕がなかったのかもしれない。
徐々に溜まっていったイライラが思わず言葉になって出てしまう。
「いい加減にしてよ有紗!」
「えっ……」
本当は、汚された事なんてどうでも良かったのかもしれない。
それなのに私は、宛のない怒りを有紗にぶつけてしまったのだ。
「一体何がしたいの! 私への嫌がらせ!?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
病み上がりというのもあるかもしれない。「あれ」のせいで、私はぴりぴりしていたのだろう。
「もういいよ、帰って」
チョコで汚れたブレザーを脱いでベスト姿になる。スカートも大分汚れてしまっていた。
「あ……」
「……帰ってよ」
「ごめん……」
がくりと項垂れた有紗はシックカノンを背負ったまま部屋から出て行ってしまった。
「あっ、有紗……!」
理枝の声も届かず、バタンとドアが閉められた部屋に静寂が訪れる。
残された柚子香と理枝が気まずそうに立ち尽くしていた。
「……星南さん、有紗さんは……」
「有紗は、元気づけようとしてたんだよ。きっと」
柚子香の言葉に続けるように、理枝が切り出す。
「え……?」
「星南さんが入院されたと聞いて、一番ショックを受けてたのは有紗さんだったんです」
「それで有紗がサプライズを考えたんだ。星南、WAM好きだから……結果的にパイ投げは失敗に終わっちゃったけど、シックカノンで喜んでくれたらって思ってたのかも」
ふと、有紗の顔が浮かんでくる。
有紗の笑顔、有紗の悩み顔、有紗の泣き顔。
そこで私は、有紗に怒鳴ったことを後悔した。
「有紗って頭良いくせに、そういうとこ苦手だから……きっと少し焦っちゃったんだと思う。シックカノンの事知ってた訳じゃないけど、有紗の代わりに謝るよ。ごめん」
理枝と柚子香が深々と頭を下げる。
いや違う、本当に謝らなきゃいけないのは……。
「有紗……!」
咄嗟の行動だった。
「あ、ちょっと星南!」
「星南さん、せめて着替えてから……!」
バランスを崩しながらも勢い良く部屋を飛び出し、玄関を出て道路を見渡す。
この辺りで有紗が向かいそうな場所は……。
走ること三分。
住宅街の開けた土地に広がる公園のベンチに、有紗は座っていた。
「はぁ…………良かった……有紗、ここにいた」
両手を両膝につき肩で息をしながら、呼吸を整える。
「…………」
泣いていたのだろうか、有紗の目元は赤く滲んでいる。
「有紗。私のために、シックカノンを作ったの?」
「………………うん」
つぐんでいた口から、掠れるような有紗の声が漏れてくる。
「確かにWAMが好きとは言ったけどさあ……あんな唐突に、しかもハードな」
WAM好きなのは事実だが、親友にいきなり食材をぶちまけられるなんてハードコアプレイは苦手だ。
「私……どうしたら星南が元気になってくれるかなって思って……」
有紗の語尾が震える。
膝を折り、うつむいた有紗の目線に合わせる。
「この間ネットで電話した時、星南泣きそうになってて……辛いだろうなって思った」
フランスで体調を崩して一週間。
辛さのあまり、私は有紗に電話をかけた。
私の告白を、有紗は文句一つ言わずに最後まで聞いてくれた。
「ただ星南に笑って欲しくて……私も辛い時あったから……」
そっと、有紗を抱き締める。
「有紗は悪くないのに怒鳴ったりして、ごめん。私嬉しかったよ。ありがとう、有紗」
「でも、嫌な思いさせちゃった。ハードなの苦手だったみたいだし」
「ううん、気にしてない。ああいうハードプレイは駄目だけども。最近はストレスが溜まることも多かったんだけど、有紗のおかげで楽になった気がする。ありがとう」
「うん……」
汚れた制服に構うことなく、私たちは暫く抱擁を続けた。
どれくらい時間が経ったか。
泣き腫らした有紗の目元をハンカチで拭いてあげ、さあ帰ろうというその時、有紗がスカートのポケットからソフトボールくらいの大きさの、橙の玉を取り出した。
「……ど、どうしたの?」
「星南はハードなプレイは苦手なんだよね? それじゃあ、このWAMペイントボールを使った実験なら……」
「そういうことじゃないっ!」
奪おうとした私の手と有紗の手で圧迫されたボールが弾け、世界はオレンジに包まれた。

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